国立大学法人 九州大学病院
九州大学病院の臨床・研究・教育を変える生成AIの全方位活用
公開日:2026/5/18

医師の働き方改革対応のため「ユビー生成AI」を導入した九州大学病院。現場主導で170件超のプロンプトが生まれ、長期入院エピソード要約が約10秒に短縮。DPCコーディング支援により年間数千万円規模の収益改善も確認されました。
医師の負担軽減、診療の質向上、そして大学病院としての臨床・教育・研究の責務の遂行。九州大学病院は、最新の生成AIサービス「ユビー生成AI」を導入し、これらの課題解決と未来への挑戦を加速させています。本記事では、同病院の西山謙氏(病院長特任補佐)、川副徹郎氏(先端医工学診療消化管外科)、塚本三季氏(診療録管理室)にお話を伺いました。
- ●令和6年度からの医師の働き方改革開始に伴い、退院サマリーや各種記録作成などの事務的作業の負担軽減が急務な状況。
- ●個人の外部LLM利用による患者情報・機微情報の漏えいリスクが懸念され、病院としてのセキュリティの環境整備が必要であった。
- ●大学病院のような大規模組織ゆえ、トップダウンの一斉導入では現場が形骸化し、実際に活用が進まないリスクを回避する必要があった。
- ●単なる定型機能の提供ではなく、現場の医師やコメディカルが自らプロンプトを編集・改善できるカスタマイズ性を重視した。
- ●「クローズド環境(VPN)」とガバナンスの確立によって、一般LLM利用による情報漏洩リスクをセキュアな専用環境で解消できると感じた。
- ●蓄積されたデータを統合・分析できる機能が豊富に備わっており、精度の高いデータに基づいた経営戦略の立案が可能になると期待した。
- ●1〜2ヶ月におよぶ長期入院のエピソード要約が約10秒で完了し、医師の記録作成負荷が大幅に軽減された。
- ●VPNを活用したクローズド環境の整備により、機微な情報を安全に扱えるガバナンス体制が構築された。
- ●現場主導で計170件以上のプロンプトが医師やコメディカルの間で創出され、診療録の全件監査やDPC業務の精度向上が実現した。
ユビー生成AIの導入背景・目的
働き方改革の負担軽減とセキュアな環境整備

──令和6年度からの働き方改革に伴い、業務効率化が急務だったと伺っています。当時、病院として導入を進める上でどのような課題やハードルがあったのでしょうか。
業務効率化は、当院が直面していた最大の壁と言えます。令和6年度から開始された医師の働き方改革に伴い、当院でも医師へアンケートを実施した結果、議事録の作成や退院サマリー、各種記録の作成といった事務的作業の負担軽減を求める声が非常に多く寄せられていました。現場の医師の中には、すでに個人でChatGPTやGeminiなどの生成AIを使用している者もおりました。しかし、患者の疾患情報といった極めてセンシティブな情報をAIで処理することは、個人情報保護の観点から非常に危険な行為である認識もあったんです。病院として、こうしたセキュリティリスクを徹底的に排除した、VPNなどを活用したクローズドな環境整備が不可欠でした。また、大学病院のような数千人規模の組織においては、新しいシステムを一斉にトップダウンで導入しても、現場の不安や抵抗感から実際に使われずに形骸化してしまうリスクも考慮しなければなりません。そのため、いかにスモールスタートで特定の診療科から試験運用を開始し、現場の評価を積み上げながら段階的に横展開していくかが、導入プロセスにおける重要な戦略的課題となっていたのです。
ユビー生成AI導入の決め手
現場主導のプロンプトの自由なカスタマイズ性

──数ある生成AIソリューションの中で、「ユビー生成AI」を選定された決め手は何だったのでしょうか。
決め手となったのは、プロンプトを現場のスタッフが自由に触ることができ、自らカスタマイズできるという自由度と柔軟性でした。あらかじめ決められた定型の機能を提供するだけでは、医師の探究心や各診療科特有のニーズに応えることは困難です。自分たちが求める業務効率化に合わせて、現場主導でトライアンドエラーを行える環境こそが、長期的な活用には不可欠でした。また、病院として最も懸念していたセキュリティ面においても、「ユビー生成AI」は、VPNを活用したセキュアなクローズド環境での運用が可能であることが、安心材料となっています。さらに、現場が抱える「記録を書くことの負担」という痛みに対して、「書けばAIが後処理を楽にしてくれる」という手応えを具体的なメリットとして提示できたことも、導入の決め手となりました。
生成AIの導入効果〈1〉
医師の記録作成時間を大幅に短縮し、チーム医療を強化

──「ユビー生成AI」の導入により、どのような結果が得られましたか。
「ユビー生成AI」の導入により、九州大学病院では、導入前の課題であった医師の事務負担軽減と診療の質向上、さらには経営改善において、目覚ましい結果が得られました。1〜2ヶ月におよぶ長期入院のエピソード要約が約10秒で完了し、医師の記録作成負荷が大幅に軽減されました。これにより、患者さんと向き合う時間に集中できるようになり、スタッフの離職防止や、より質の高い医療提供にも繋がると感じています。AIのドラフト作成機能により、カルテ記載に対する心理的・時間的ハードルが大幅に低下し、若手医師からは「非常に良い相棒だ」との声が上がっています。
──診療録管理室や事務部門での効果はいかがでしたか。
実は私たちは当初、生成AIについては全くの素人でした。そこで、最初から完璧なものを作ろうとするのではなく、AI自体に「こういう監査を行いたいのだが、プロンプトをどう作ればいいか」と質問することから始めています。診療録管理室では、AI自身にプロンプトの構成案を問いかけ、提示された叩き台に対して実際のデータを投入し、微調整を繰り返す手法を試しました。この「AIに作り方を聞く」という自走型のアプローチにより、専門知識がなくとも実務に即したプロンプトを自作することが可能になりました。結果として、月々の件数が膨大であるためにサンプリング調査に留まっていた診療録の監査業務を、「全件監査」へと転換することに成功しました。現在、現場主導で創出されたプロンプトは、医師による約100件と、診療録管理室・薬剤部・放射線部などのコメディカルによる約70件を合わせ、計170件を超えています。
──経営面への影響についても教えてください。
実際に検証したところ、経験豊富なDPCコーディング担当者との比較において、病名では90%という高い一致率を達成しています。具体的な適正化事例としては、AIの提案に基づき『癒着性腸閉塞』を主病名に変更するといった数千点単位の是正が複数発生しました。これらを集積した結果、年間で数千万円規模の収益改善見込みが確認されています。主観に頼らない客観的な根拠に基づくコーディングが可能になったことは、病院経営の健全化における強力な推進力となっています。
生成AIの導入効果〈2〉
属人化を排した「共通フォーマット」が、24時間365日の安全な診療体制を支える

──チーム医療の質向上という観点から、生成AIの果たす役割をどう捉えていますか。
現代の医療、特に外科診療においてはチーム制での対応が不可欠です。一人の医師に依存する体制はもはや限界を迎えており、土日や夜間に主治医が不在であっても、チーム全体で質の高い医療を継続できる体制が求められています。そこで重要になるのが、カルテの標準化です。生成AIによって決められたフォーマットでカルテが記載されていれば、誰が担当しても患者様の状況を即座に、かつ正確に把握できます。AIがドラフトを作成することで、誰もが一定のクオリティを維持しながら、迅速に情報を共有できる体制が実現しました。
──病院機能評価への対応についても、AIの有用性があるのでは?
はい、我々は5年に1回、病院機能評価を受審しますが、そのタイミングでカルテの記載状況は厳格にチェックされます。受審が近づくと、普段以上にフォーマットを整える必要があり、これまでは非常に骨の折れる作業となっていました。しかし、生成AIを日常的に活用していれば、常に一定の基準を満たしたカルテが蓄積されます。特別な準備期間を設けずとも、高いクオリティの記録が担保されることは、医師の精神的・肉体的な負担軽減に直結します。また、手術前のインフォームドコンセント(IC)記録においても、AIのドラフト機能を活用することで、正確かつ標準化された内容が担保されるようになりました。
今後、ユビー生成AIに期待すること
臨床・研究・教育の高度化と先読み支援の実現

──具体的には、どのような分野での貢献が期待できますか。
まず研究面では、従来、後向き研究におけるデータベース構築に膨大な時間と労力を要していました。例えば、200例規模の後向き解析を行う場合、一症例あたり10分程度の時間をかけて、手作業でデータベースに入力していく必要がありました。AIがカルテ情報から必要な検査値や画像所見などを自動で抽出し、データベース構築を代替できれば、数ヶ月以上かかっていた作業が劇的に短縮され、学会発表や論文執筆のスピードが飛躍的に向上することが期待されます。また、医学は日々進歩しており、最新の臨床試験データや治療法は目まぐるしく更新されます。「ユビー生成AI」を活用することで、最新の医学情報を効率的に収集・整理し、教育資料を常に最新の状態に保つことが可能になります。
──一方で、教育現場で生成AIを活用する上での課題などはありますか。
教育の観点では、生成AI特有の「ハルシネーション(AIがもっともらしい嘘をつく現象)」への配慮が極めて重要になります。AIは何らかの結果を必ず返してきますが、臨床経験の浅い若い先生の場合、その回答が正しいかどうかを見極めるための見識がまだ十分ではありません。AIを使いこなしつつ、その誤りを見抜くための教育をどう組み合わせていくか。AIを単なる回答ツールではなく、あくまで「良き相棒」として位置づけ、最終的な責任は常に医師が負うというワークフローを徹底させることが、これからの時代の医学教育には求められています。

──今後の展望や構想についてもお聞かせください。
当院では、生成AIの活用を「既存業務のサポート」から一歩進めて、AIが医師やスタッフのタスクを先取りして提案する「エージェント化」を目指しています。医療現場には標準的な治療経過を示す「クリティカルパス」が存在します。これをAIが学習し、例えばドレーンの抜去というイベントを検知して退院サマリーの下書きを自動作成したり、DPCコーディングの準備を促したりする「先読み支援」の実現を構想しています。こうしたクリティカルパスと生成AIをフィットさせた高度な運用を視野に入れ、さらなる医療DXを推進していく予定です。
──最後に、生成AIの導入を検討している医療機関へのアドバイスをお願いします。
まず医師がすでに個人で外部のLLMを利用しているケースが多いという事実と、それに伴う重大な情報漏洩リスクを直視することです。病院として、セキュアでクローズドな環境を早期に整えることは、最大のリスクマネジメントとなります。また、現場に「書けばAIが後処理を楽にしてくれる」という具体的なメリットを提示できれば、活用は必ず自発的に進むはずです。最初から完璧なプロンプトを作成しなければならないと構える必要はありません。「これってどうしたらいいんですか?」というAIへの簡単な質問から始め、AIと対話しながら試行錯誤することで、自ずと実務に即した活用法が見えてきます。まずはハードルを下げ、現場がAIに触れる機会を作ることが、DX成功の第一歩になるはずです。
お話を伺ったのは…
- 西山 謙 氏病院長特任補佐 / 経営戦略センター副センター長 / 医療情報学分野准教授
- 川副 徹郎 氏先端医工学診療部(消化管外科)
- 塚本 三季 氏診療録管理室 診療情報管理士

病院紹介
国立大学法人 九州大学病院

九州大学病院は、1,362床を有する国内有数の大学病院として、高度医療を担う拠点であると同時に、地域医療の最後の砦としての重要な役割を果たしてきた。「患者さんに満足され、医療人も満足し、医療の発展に貢献する病院」を理念に掲げ、高度医療の提供・医療安全の追求・地域医療への貢献・医療人の育成を基本方針とする。情報技術による未来志向型医療の推進をその柱の一つに据え、職員一人ひとりの力とチームワークを礎に、「みんなで創る新時代の九州大学病院」の実現に向けて日々歩みを進めている。
- 所在地
- 福岡県福岡市東区馬出3丁目1−1
- 設立
- 1867年(慶応3年)
- 代表者
- 病院長 中島 康晴
- 病床数
- 1,362床(本院1,242床、別府病院120床)
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