社会医療法人財団董仙会 恵寿総合病院
記録は「結果」でしかない。多職種連携が目指す、患者を"立体的"に理解するというゴール<後編>
公開日:2026/8/18

石川県七尾市の恵寿総合病院。看護部長・阪口智恵氏が語る、記録の先にある看護の本質。「1患者1ID」の医療介護統合型電子カルテによる多職種連携、管理者としてのAI活用、そして人を育てる"ティーチングコーチ"としてのAIへの期待など、地域医療とAIの未来像を伺いました。
石川県七尾市に位置する社会医療法人財団董仙会 恵寿総合病院。看護部長・阪口智恵氏(医療経営学修士〈h-MBA〉)は、生成AIやICTを駆使し、看護師が「本来やりたかった看護」に専念できる環境づくりに取り組んでいます。医師、看護師、リハビリ職――記録に書かれているのは、それぞれの職種が下した「結果」でしかありません。前編では、AIによる議事録作成やベッドサイド端末が現場に定着し、"当たり前"の日常となった医療DXの姿を伺いました。後編では、その記録の先にある看護の本質、多職種連携が本来目指すべき「患者を立体的に理解する」というゴールへと話は進みます。「1患者1ID」の仕組みが患者・家族の文脈をどう可視化するのか、管理者としてAIをエビデンス収集にどう活用しているのか、そして人を育てる教育の観点でAIに何を求めるのか――阪口智恵氏が描く、地域医療とAIの未来像を伺いました。
1患者1ID医療介護統合型電子カルテが紡ぐ、患者・家族の"文脈"
コミュニケーションエラーを越えて、情報を届けるための情報基盤

──退院支援に関連する書類作成の負担は、AI等で大きく変わりましたか。
退院支援関連の書類作成の負担はそこまで大きく変わっていないようです。というのも、元々当院の看護師が作成する退院支援関係の書類自体がそれほど多くなかったからです。
また、当院は「1患者1IDの医療介護統合型電子カルテ」の仕組みを採用しているため、同じ系列の老健等に転院する際も、カルテがすべて共有されて閲覧できます。そのため、元々そこまでの書類作成負担がなかったという背景もあります。
──医療介護統合型電子カルテという素晴らしい仕組みがある前提で、さらに現場で活用できている部分はありますか。
この仕組みの強みは、患者さんに関する情報を、職種や施設を越えて継続的に共有できることです。
当院では全職種が同じ患者情報を見ることができるため、患者さんとのやり取りの中で生じたちょっとしたすれ違いやその背景にあるご家族の思いなども、時系列で追うことができます。紹介元から得られた一時点の情報だけでは見えにくい、そこに至るまでの経過や背景まで含めて理解できる。それが、患者さんをより深く理解し、より良いケアにつながっていくのだと思います。
患者の「変わりゆく思い」に寄り添う、ACPへのAI活用展望
分断された多職種の記録を統合し、患者を立体的に捉える挑戦

──今後、さらにAIをどのように活用していきたいですか。
1つは、ACP(※アドバンス・ケア・プランニング。今後の治療やケアについて、患者本人が家族や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、意思を共有していくプロセス。厚生労働省は「人生会議」という愛称で普及を進めている)など、患者さんの変化していく思いを時間軸で多職種が共有し、ケアの質を高めることです。患者さんやご家族の意向は、その時々の状況や話し合いを重ねる中で変化していきます。その変化や、結論に至るまでのプロセスをAIが整理して捉えられるようになれば、ある時点の発言だけを切り取るのではなく、これまでの経過を含めて患者さんやご家族の思いを理解できるようになるのではないかと考えています。
そして、こうした「経過や背景まで含めて理解する」という考え方は、ACPに限ったことではありません。もう1つ考えているのは、現在それぞれの職種ごとに記録されている医療記録――医師、看護師、リハビリ職それぞれの個別の記録――を、分かりやすく統合できないかということです。それぞれの職種の視点や、患者さんのこれまでの経過、患者さんやご家族の思いを重ね合わせることで、一人の患者さんをより立体的に捉えられるのではないかと考えています。
記録に書かれている内容は、結局のところ「結果」でしかありません。限られた時間の中でエッセンスだけが記録されているため、「そのスタッフが何を見て、どう考え、どのような経緯でその判断に至ったのか」までは、記録だけでは見えにくいことがあります。
例えば、多職種でカンファレンスを行う際、リハビリ職は「現時点では自宅復帰が難しい」と判断し、看護職は「自宅での生活を考えると階段昇降が必要だが、現状では難しい」と捉えていることがあります。
それぞれの判断には、患者さんの身体状況や生活背景、これまでの経過など、その職種ならではの視点や根拠があります。ただ、日々の記録には、その判断に至った背景や文脈まで十分に書ききれないこともあります。
そこでAIを活用し、それぞれの職種が捉えている課題や判断の背景を整理・統合して提示できれば、それぞれの視点を重ね合わせながら、患者さんをより深く理解することができます。
つまり、「この患者さんが自宅に帰るために、リハビリ、看護、医師それぞれの視点からどのような課題があるのか」をAIが整理し、さらに多職種の情報を踏まえて、必要な支援やケアの方向性を提案してくれる。AIが答えを決めるのではなく、多職種それぞれの視点をつなぎ、より良いケアを考えるためのツールとして活用できれば、とても価値があると思っています。
管理者としてのAI活用。第三者の視点がもたらすエビデンス
全国標準と比較しながら、理想の運用ルールを構築する
──医療の質や、今後の改善に向けて、管理者としてのAIの役割はどうお考えですか。
現場のスタッフだけでなく、私たち看護管理室もAIを活用しています。私が外部から着任したことで、それまで当たり前だった運用を別の視点から見直す機会が増えました。「なぜこのやり方をしているのか」を一緒に確認することで、これまでの良さを活かしながら、より良い方法を考えるきっかけになっています。
以前は、他院の運用を知るために知り合いの病院へ問い合わせることも多くありました。今はAIを、公的資料や医療法・診療報酬などの根拠を探す入口として活用できます。AIの回答だけで判断するのではなく、一次情報を確認しながら全国的な基準や他施設の考え方と比較できるため、検討のスピードが上がりました。
個人の経験だけでなく、「これが適切なのか、全国的な基準や現在の医療ニーズに沿っているのか」を比較・検証する際に、AIは大きな力を発揮します。実際に、私たちはAIを活用しながら「これまでなぜこのやり方をしてきたのか」という根拠を改めて確認し、より良い形へと見直しを進めています。
AIは、Aの意見、Bの意見に加えて別の視点を示してくれる「第三者的な補助者」だと考えています。個人の経験だけに頼らず、根拠や全国的な考え方も確認しながら、より納得感のある運用ルールをつくることができます。例えば、当院独自に運用してきた個室の同意に関するルールも、全国標準と照らし合わせながら見直しています。医療安全の分野でも、考えを整理するうえで非常に役立っています。
AI開発企業への提言。教育に必要なのは「答えを先に出さないAI」
人を育てる「ティーチングコーチ」としてのAIへの期待
──AIの活用において、注意されていることや求めることはありますか。
AIを開発する企業に特に期待しているのは、すぐに答えを示すのではなく、教育的な観点で「この視点が不足しているよ」「この情報もう少し考えてみては?」と考えるきっかけを返してくれる機能です。自分で気づき、必要な情報を補いながら考えを深めていくプロセスが教育につながると考えています。
実際に看護部でも、AIを“答えを出す道具”ではなく、“振り返りを深めるための支援ツール”として活用しています。私はAIを使って「振り返りシート」を作成し、スタッフにそのシートに沿って自分たちで振り返りを行ってもらいます。そのうえで、その内容をAIに入力し、足りない視点や、さらに検討した方がよい点をAIにフィードバックしてもらい、もう一度部署で話し合うという取り組みを行っています。
AIが先に正解を示すのではなく、人が自分で考え、気づき、もう一段深く考えることを支えてくれる。そうした“ティーチングコーチ”のような役割を期待しています。
地方の壁を越える「DX×ユマニチュード」のブランドと、能登のハブへの夢
地域に根ざした看護の醍醐味を、次世代へつなぐ

──採用面接は全員、阪口部長が直接されているそうですが、どのような点をアピールされていますか。
採用の際によくお伝えしている言葉があります。「最先端のDXと、優しさを伝えるユマニチュードの両方を大切にしています。テクノロジーで生まれた時間を、患者さんと向き合う看護に使う。そうやって、患者さんが自分らしく生きることを応援する看護ができる病院です」と話しています。
DXは効率化そのものが目的ではなく、看護師が患者さんと向き合う時間をつくるための手段です。本来自分たちがやりたかった「患者さんに寄り添う看護」ができる環境であることを、リクルートでも大切に伝えています。人口減少が進む地域だからこそ、病院の特徴や看護の魅力を具体的に発信し、「ここで働きたい」と思ってもらえる理由をつくることが重要だと考えています。
──地域の他の病院と比較して、採用の手応えはいかがですか。
地域では当院に「忙しい病院」という印象を持つ方もいると思います。一方で、それは急性期から回復期、地域につながる医療まで幅広く経験でき、多職種と連携しながら看護を学べる環境でもあります。進学やキャリア形成のために金沢や都市部を選ぶ若い方もいますが、地域に根ざした看護や、患者さんの生活まで見据えた看護に魅力を感じる方もいます。私たちは、その両方の選択を尊重しながら、恵寿だからできる看護をきちんと伝えていきたいと思っています。
若い時期に都市部で多くの症例を経験したい、専門性を高めたいという思いは自然なことだと思います。私自身も地元を離れた経験があるので、その気持ちはよく分かります。一方で、地域医療には、患者さんの入院中だけでなく、その人の暮らしや家族、退院後まで見据えて関われる魅力があります。どのような看護をしたいかによって、選べるキャリアの一つとして能登・恵寿を知ってもらいたいです。
──そうした現実を踏まえ、地方病院としてどのように人材を確保していこうと考えていますか。
これは私の個人的な考えですが、全員が若い時に高度先進医療をやりたいわけではありません。地域に密着した看護をやりたいという層も一定数います。
看護師が目指すキャリアや、やりたい看護はさまざまだと思います。高度先進医療を経験したい人もいれば、地域に根ざし、患者さんの生活まで見据えた看護をしたい人もいます。私は、そうした看護に魅力を感じる人に、当院を選んでもらいたいと思っています。
高度急性期病院と地域医療支援病院では、担う役割や患者さんとの関わり方にそれぞれ特徴があります。当院では急性期医療を担いながら、退院支援やACP、在宅・地域との連携まで、患者さんの生活を見据えて関わることができます。患者さんの思いが変化していく過程に寄り添い、その人らしい生活につなげていく。そこに、地域に根ざした病院ならではの看護の醍醐味があると思っています。
高度急性期でなくても、通常の急性期医療を行いながら、ACPに取り組み、地域に密着して患者さんと接する時間がある病院こそが、看護師として本当に看護の醍醐味を感じられる場所だと思っています。その魅力を感じてくれる人に来てもらいたいです。
当院の強み(DXとユマニチュード)を活かして、他と差別化したブランディングをしていきたいと考えています。
また、能登北部などは人口減少や過疎化が非常に激しい地域です。地域丸ごとでケアを支えるためには、しっかりとした中核病院が必要です。将来的なビジョンとしては、当院がハブとなって、地域の他の医療機関に良い人材を派遣していけるような役割を担えれば素晴らしいと考えています。
「うちの病院でも」を実現するための、エビデンスという推進力
上層部を動かす具体的なビジョンと、恵寿総合病院自身の実践
──これからAIを導入・検証しようとしている全国の看護部に向けて、メッセージをお願いします。
ナースまつりでは、「看護部で新しいことに取り組みたいが、組織として意思決定につなげるにはどうしたらよいか」という相談をよく受けました。新しい取り組みを進めるには、看護部の思いだけでなく、病院全体が効果や必要性を具体的にイメージできることが大切です。看護部長として、現場の思いを病院全体の課題や未来のビジョンにつなげて伝える役割があると感じています。
ですが、まずは「AIが導入されたらどのような素晴らしい看護が実現できるか」という具体的な効果と未来のビジョンを描き、検証して訴えていくことが大切だと思います。
実際、私たち自身も、管理者としてAIを使い「なぜこのやり方をしているのか」を全国標準と比較・検証しながら現場のルールを見直しています。AIは、根拠を探し、考えを整理するための支援ツールです。そこから得た情報を一次資料で確認し、現場に合う形に落とし込むことで、改善を進めています。
具体的にどのような効果を上げたいかを明確に描いておくこと。それがきっと、他院の看護部にも応用できるヒントになるはずです。
お話を伺ったのは…
- 阪口 智恵 氏看護部長・医療経営学修士(h-MBA)

病院紹介
社会医療法人財団董仙会 恵寿総合病院

石川県七尾市に位置する386床の急性期病院。多職種による情報共有基盤を強みに、生成AIやICTを活用した働き方改革を推進している。
- 所在地
- 〒926-8605 石川県七尾市富岡町94番地
- 設立
- 1934年9月(神野病院として創立)
- 代表者
- 院長 鎌田 徹
- 病床数
- 386床
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