社会医療法人財団董仙会 恵寿総合病院
データは、現場に渡す"考える材料"――地域医療の未来を支えるデータ経営
公開日:2026/8/31

石川県七尾市の恵寿総合病院。理事長補佐・データセンター長を務める神野正隆氏が、「感覚ではなくデータで語り、仕組み化する」という経営思想を語る。入退院管理の一元化やPHRの普及、地域全体を支える情報連携など、データ経営が医療の質と地域医療の未来をどう支えるかを伺いました。
石川県七尾市に位置する社会医療法人財団董仙会 恵寿総合病院は、2024年の能登半島地震という大規模災害の中でも医療を止めなかった医療機関として知られています。しかしその背景にあるのは、特別な災害対応策以上に、平時から積み重ねてきた「感覚ではなくデータで語り、それを元に仕組み化する」という一貫した経営思想。理事長補佐としてデータセンター長・入退院管理センター長・地域包括ケアセンター長など複数の要職を務める神野正隆氏(医学博士・医療経営学修士〈MBA〉)に、データに基づく意思決定がどのように医療の質を高め、地域全体の医療を支えるDXへとつながっているのかを伺いました。
- ●定性的な評価だけでは、うまくいっていない部署の課題や改善の糸口を掴めず、部署間・施設間で責任の押し付け合いが生じていた
- ●入退院調整が各診療科や担当者ごとの属人的な運用になっており、同じ疾患・背景の患者でも在院日数や医療の質にバラつきが生じていた
- ●PHR(Personal Health Record)は普及していたものの、病院から患者への一方通行の付加価値サービスにとどまっていた
- ●「客観的に定量化できなければ評価できない」という考えのもと、データセンターを設立し、現場は「データを置くだけ」で集計・可視化はすべてデータセンターが担う仕組みを構築
- ●入退院管理センターにベッドコントロール(PFM)の責任と権限を集中させ、医師の役割を「治療方針の決定」に特化させるルールへ運用を変更
- ●地域包括ケアセンターを立ち上げ、訪問看護・訪問介護・訪問リハビリ・ケアマネジャー等を一つの部署に集約し、両センターのデータを密に共有
- ●属人化していた入退院管理が仕組み化され、平時の平均在院日数11日前後を、能登半島地震の有事には8〜9日まで縮めるベッドコントロールを実現
- ●PHR利用者は当院5,700人・系列病院2,800人に拡大。能登半島地震の避難時にもPHRの提示だけで正確な処方・検査結果の確認ができた事例も
- ●「医療介護統合型電子カルテ」による1患者1IDの運用で、病院から施設・在宅までの情報連携をデータで可視化し、地域全体のPFM最適化を展望
「客観的に定量化し、評価できなければ、改善には繋がらない」――データセンターという意思決定の土台
感覚論からの脱却が、法人全体の意思決定を変えた

──――病院全体で進められている「データセンター(DATA LAB)」の取り組みについて、全体像を教えてください。
一言で言えば、職員個人の給与情報以外の、法人内全施設・全部署のあらゆるデータをすべて可視化し、誰でもいつでも見られるようにしています。
データセンターを立ち上げたコンセプトは、「客観的に定量化ができなければ評価ができない、評価ができなければ、改善には繋がらない」というファクトフルネス(先入観や思い込みを排除した、データに基づいた目線)を浸透させることです。感覚に頼っていては、うまくいっている部署はなんとなくうまくいくかもしれませんが、うまくいっていない部署はずっとうまくいかないまま、どこに課題があるのかといった改善の糸口を掴めません。また「頑張っている」「忙しい」という主観的な議論だけでは、部署間や施設間での責任の押し付け合いといった不毛なやり取りが発生しタスクシフトやタスクシェアが進みません。
以前は前年度の成果の評価や、今年度の目標設定といった各部署のヒアリングでも定性的な話が多く、夢や目標を語ることは素晴らしいですが、それらは定量的なデータという客観的なエビデンスの上に乗せて初めて議論でき、語れるものであると考え運用を抜本的に見直しました。
電子カルテ内のデータや、各施設各部署が独自に持っている様々なデータを一箇所に集約し、集約されたデータをデータセンターが集計・加工しモニター上にわかりやすく可視化する仕組みを作りました。現場には「データを指定の場所に置くだけ」という運用をお願いしており、その集計や加工、見える化する作業はすべてデータセンターが担っています。
所定の場所にデータを置けば、自分たちが見るべき重要な指標や見たい指標がリアルタイムや日次、週次、月次で見やすいカタチでフィードバックされて戻ってくるため、現場の集計負担はゼロになり、代わりに「気づきが早くなり、そのデータを見て、どうアクションするか」を考える時間が多くなり、また部署内での共有スピードも速くなりました。データについては、私が各部署ごとに見るべき重要な指標を設定した上で、他に各部署が自分たちでこれも見たいという指標をブレンドしたモニターになっています。また最近は可視化の先の、データを元にした各部署の業務改善の伴走支援も行っています。
──――このデータ可視化は、若手の職員など現場全体にも共有されているのでしょうか。
たとえば、新人の看護師であっても、自分の病棟の指標(例えば重症度、医療・看護必要度や認知症ケア加算の取得状況など)が上がっているか下がっているかを常に見られるようになっています。
ただ上司から「加算を取りなさい」と言われるだけでは、「言われたからやる」というやらされ感しか残りません。しかし、加算の取得状況が可視化され、自分たちの日々のアクションが病棟や病院全体のどのような方向性に繋がっているのかが見えることで、現場でも「加算を取ることの意味」や「認知症ケアのあり方」を主体的に考えるきっかけになります。
よく「もっと自分で考えて行動しなさい」と言うことがありますが、考えるための「材料(データ)」がなければ、どれだけやる気があっても考えられませんし、考える材料を集計するのに時間がかかってしまうと、データを出すことが目的になってしまいかねません。考える材料を現場にわかりやすく提供することは経営層の責任であり、材料を提供された上で考えないのであればそれは現場の責任です。その役割と責任を明確にするためにも、全データの可視化を徹底しています。
──――データや仕組み、可視化にここまで徹底してこだわる原点はどこにあるのでしょうか。
私が所属していた金沢大学の消化器内科の医局では、何事にもエビデンスを重視しており、個人の経験則で治療をするのではなく、エビデンスをもってしっかり患者さんの治療に当たるようにということが徹底されていて、その考え方が染みついています。
また大学院(博士課程)での基礎研究における、苦い経験が原点にあります。当時、研究を進める中で「自分が今、何のためにこの研究をしていて、研究の進捗状況が全体のどのあたりなのか」がなかなか見えていませんでした。暗いトンネルの中で、自分がまだ入り口の近くにいるのか、もうすぐゴールなのかも分からず、常に「やらされ感」を抱えながら研究をしており、ひとえに自分の勉強不足、考える力不足ではありましたが、当時は研究になかなか興味をもてませんでした。
博士号を取得し、研究が終わってから全体を俯瞰したときに、「ああ、自分はこのゴールに向かって、あそこのピースを埋めるためにこの実験をしていたんだ」と初めて理解できたのです。全体像や自分のやっていることがもっと見えていれば、自分のスタンスやモチベーションも全く違っていたはずだと痛感しました。
業務が可視化されていない状況下で現場に「モチベーションを高く持って自分でもっと考えて頑張れ」と言うのは、非常に酷な要求です。病院という大きな組織の中での全体像と現在地を示す「データ」を現場に渡し、どこに向かっているのかのビジョン・目的地を示し、その中でどういうやり方でゴールを目指すかは自分たちで考えられるようにするという思いが私のこだわりに繋がっています。
「0から1」を動かす熱量と、右肩上がりに向上する医療の質
試行錯誤の末に定着した仕組みと、データが変えたスタッフの意識

──――データセンターが軌道に乗るまでに、特に難しかった点は何ですか。
入退院管理センターにしても、データセンターにしても、一見すると最初から順調にいっているように見えるかもしれませんが、実際には試行錯誤と調整の連続でした。新しいことを始めても、すぐに全員が良い仕組みだと感じて、理解して取り組んでくれるわけではありません。その都度、自分自身で説明し、何度も資料を作り、あの手この手で発信しメンバーを巻き込み、「この運用・仕組みが機能すると、具体的に業務がこのように良くなる」という具体を提示し続けました。
「0から1」最初の一歩を現場に踏み出してもらうプロセスは、「1から100」へ拡大するプロセスよりも遥かにエネルギーを必要とするものだと思いますが、腹落ちしてやってくれる職員が多くなれば多くなるほど、加速度的に仕組みは機能していくと感じます。最初に投下する熱量は重要だと思っています。
──――実際に提供する医療の質の向上について、手応えはどのように感じられていますか。
幸いなことに、重要と位置づけている指標(KPI)の多くは右肩上がりに向上しています。データとして見える化される意味を伝えていくことで、スタッフ一人ひとりの「意識」が明らかに変わりました。
例えば、救急からの入院受け入れ、新入院患者数、紹介数、逆紹介数といった地域連携の指標も、リアルタイムにモニターで可視化して追っています。単に「紹介数を増やしましょう」「加算を取って収益を上げましょう」と言うだけでは現場は動きません。加算とは「国が、これを行うことは患者さんにとって良いことであると認めたものに点数がついている。だから患者さんのために良いことを漏れなく実践しよう」と伝え、患者数の増加は「地域から求められ、頼られている信頼の度合い」であると言葉を置き換えて伝えています。
紹介いただいた患者さんの状態が落ち着いたら、速やかに地域の連携医療機関にお戻しする「逆紹介」にも注力しています。自分たちだけが患者さんを囲い込んでも、地域医療全体の持続可能性は損なわれます。客観的な指標を見ながら「紹介も逆紹介も伸びている、だから我々は地域にとって良いことを実践できている」とデータをもとに取り組む意味を理解してもらい、共有できていることが、非常に良い手応えに繋がっています。
頑張れと言って頑張れるのは小学生までで、やる意味を理解してやらないとやらされ感しか残らず、当然抜け漏れも出て、医療の質の低下にも繋がると思ってやっています。
仕組み化が医療の質を上げる――入退院管理センターというベッドコントロールの中枢
属人化を排除し、データとルールで運用を変えた

──――ベッドコントロールや「入退院管理センター」の役割について詳しく教えてください。
平時から「入退院管理センター」が全体を俯瞰し、ベッドコントロールを一元化しています。センター設立前は、入院から退院までの調整を各診療科の医師や担当の看護師やMSWがそれぞれ個別に行っており、業務が完全に属人化していました。そのため、調整がスムーズな人もいれば、退院の目処が立ってからようやく調整が始まるケースもあり、同じ疾患や背景の患者さんでも在院日数や提供する医療の質にバラつきが生じており、そのことはベンチマークのデータでも確認済みでした。
この問題を解消するため、入退院管理センターにベッドコントロール(PFM)の責任と権限を集中させました。医師の役割は「治療の方針を決め、治療を行い、退院の許可を出すこと」という医師にしかできないことのみに特化してもらい、それ以外の入退院に関わる調整はすべてセンターが担うルールに変更したのです。この仕組みも最初は色々な意見や異見が出ましたが、各職種が本来業務に専念できる時間が増え、多職種協働も進み、医療の質や病院指標が改善したことで、皆のベクトルが一致し、完全に仕組みとして定着しました。
この平時からの仕組みがあったからこそ、2024年の能登半島地震の際にも、センター主導でベッドコントロールを徹底し、通常医療に加えて、災害医療のニーズも増えた中、病床回転を極限まで高め、ニーズに応えることができました。当院の平時の平均在院日数は11日前後ですが、有事には8〜9日まで縮め、常に次の患者さんを受け入れるキャパシティを確保し続けることができました。
──――仕組みづくりやカルチャーを現場に浸透させる上で、どのような工夫をされましたか。
最も意識しているのは、新しい仕組みや運用を導入する際に「なぜそれをやるのか」を最初にとことん伝えることです。良かれと思い導入したことでも、意味が理解されないまま新しいことを始めると、現場には「やらされ感」や「負荷が増えた」という不満だけが募ってしまいます。
最初にエネルギーを注ぎ、一時的に現場の負荷が増えるとしても、それを乗り越えた先には「職員は今よりも業務が楽になり、本来業務にかけられる時間が増え、患者さんにとってはより良い医療が提供できる」という少し先の未来を腹落ちしてもらうよう、熱量を持って伝えます。導入時にリーダーがしっかりとコンセプトとやる意味を語り、現場が納得して動き出したら、その後は現場に任せてなるべく口を出さないようにしています。
最初にしっかりとパワーを込めて仕組みをつくり、意味を浸透させることで、結果的に後々の自分自身の業務も軽減し、また次のことに注力できると思っています。
患者自身がデータを持つ時代――PHRが拓く「患者参加型医療」
普及を支えたのは、地道な現場活動の積み重ね

──――PHR(Personal Health Record)の活用について、実際にどのような効果を感じていますか。
私たちは以前からPHRアプリの導入に力を入れており、当院の患者さんで5,700人、金沢の系列病院で2,800人の利用者がいます。
PHRを利用している患者さんは、自分自身の日々の投薬・注射・処置・検査・画像といった診療データを手元のスマートフォンに持っています。実際、2024年の能登半島地震で避難された際、このPHRの画面を見せるだけで、避難先の病院が当院に問い合わせをすることなく処方内容や検査結果を正確に確認でき、迅速な治療につながった、という事例もありました。患者さんからも「データを自分で持っていたおかげで、避難先でもスムーズに薬を出してもらえて本当に助かった」という声を多数いただいています。
これまでは患者さんへの付加価値サービスとしての側面が強かったPHRですが、患者さん自身が自分のデータを持っていることが、有事にはいかに強力なツールになるかを実感しました。
──――PHRは患者さんが能動的に関与する必要があります。普及させるための工夫を教えてください。
外来や健診を中心に、病院を挙げて強く推奨しています。患者さんに対しては、「患者さん自身が医療に参加する『患者参加型医療』が実現できるツールです」とお伝えしています。
他院にも通院している患者さんに「何の病気で通院しているのか」「どんな薬を飲んでいるのか」と質問しても、「詳しくはよく分からない、先生に任せているから」と答える方も珍しくはありません。頼ってもらうことは良いことですが、その上で自分の健康を人任せにするのではなく、自分でデータを持ち、その意味を理解して医療に参加してもらうことが、お互いにとってより良い医療に繋がると、地道にメッセージを発信し続けています。
具体的には、院内にPHRの登録・説明ブースを設置し、外来の出口近くにPHRを含めた当院のお役立ちコンテンツの専用デスクを設けて、スタッフが声をかけて登録から初期設定までをその場でサポートしています。また、個人情報の漏洩に対する漠然とした不安を持つ患者さんもいらっしゃいます。そういった心理的なハードルを取り除くため、「デジタルで手元に持つことで、いざという時にも自分の身を守ることができる」という具体的なメリットを、サイネージでのアナウンスなども含めて、あの手この手でコツコツと伝え続けています。地道な努力を重ねることで、着実に利用者の輪が広がっています。
客観的な情報として患者さんに共有できるもの、具体的には投薬内容や検査結果、これはすでに紙では患者さんに共有している病院の方が多いと思います。それをデジタル化することによって病院も患者さんも情報を管理しやすくなるというメリットは大きいのかなと思います。なによりそのような情報は患者さんのものであるという基本原則を考えれば、患者さんにしっかりと自分の情報をお渡しするというのは至極当然のことと思います。
──――今後のPHRの可能性と、期待についてお聞かせください。
現在のPHRは病院から患者さんへデータを一方通行で提供する形が主流ですが、本当に価値があるのは「患者さん側から日々の体調等のデータを病院へ共有してもらう双方向の仕組み」です。
例えば、抗がん剤治療を行っている患者さんは、日によって体調が変動します。毎日のリアルな体調変化をスマートフォンのような簡単なデバイスから日々入力してデータとして蓄積し、それをストレスなく医療従事者に共有できれば、非常に貴重な情報源になります。
3ヶ月に1回しか来院しない慢性疾患の患者さんの場合、診察室で「この3ヶ月間どうでしたか」と聞いても、数ヶ月前の体調の変化など忘れてしまいますし、本当は辛いこともあったのに総括して「大丈夫です」と答えて終わりになるケースも少なくありません。日々の体調データを患者さんが手軽に記録しておけば、それをAIなどで医師が診察時に一目で把握できる簡潔なサマリーとして自動集計されて連携できれば、医療の質はもっと向上すると思います。
ただ、この仕組みのボトルネックは「患者さんが日々のデータを入力してくれないと始まらない」という点です。患者さん自身が具体的なメリットを実感できる循環を作ることが重要です。いずれにしてもそのような機能があれば、PHRは更に普及すると思います。
──――医療機関や医師側がPHRデータを扱う際の制度設計上の課題についてどのようにお考えですか。
国は「骨太の方針」などでもPHRの推進を掲げていますが、現状は病院側の持ち出しや自己努力に依存しています。PHRを日本全体に普及させるためには、「診療報酬(点数)」を明確につける方法もありだと個人的には思います。
例えば「病院からデータを患者側に提供したら◯点」「患者側から日々のデータを定期的に取得し、診療に反映させたら◯点」といった具体的な診療報酬の制度設計に関する建設的な議論が、エビデンスの検証と併せて前進するとよいですね。患者さんにとって良いことをすることで最終的に診療報酬点数に繋がるというのが加算の本質です。
地域全体を支える情報連携――PFM構想
法人を超えたデータ連携が、これからの地域医療発展の鍵

──――法人内での医療・介護の情報連携について教えてください。
私たちは「医療介護統合型電子カルテ」を運用しています。法人内では病院も介護施設もすべて「1患者1ID」で運用しているため、法人内施設の情報に関してはストレスなくシームレスに把握できます。
例えば、老健に入所中の利用者さんに何かイベントがあり、病院に入院することになった場合でも、情報が途切れることなく一貫して見られます。「医療・介護を切れ目なく行う」というワンストップのコンセプトで運用してきたカルテが、法人内の連携を非常に強くしています。
──――医療圏や地域全体におけるデータ連携の構想について教えてください。
当院では、入退院管理センターによって院内および法人内のベッドコントロールが機能し、さらにその次のステップとして、在宅系サービスの事業所を1箇所に集約した「地域包括ケアセンター」を立ち上げました。具体的には訪問看護・訪問介護・訪問リハビリ・ケアマネジャーそして医療福祉レンタルまでが一つの部署化して協働しています。そして両センターがデータを密に共有し、モニターでも協働を可視化することで、「病院から施設・在宅まで」の切れ目ない情報連携をデータ管理のもとで実現しています。
そして最後の、かつ最も重要なステップが、「地域全体でのPFM」の最適化です。今までは自分たちの法人内の努力で完結できましたが、ここから先は他法人や公立病院などの外部機関を巻き込んでいく必要があります。通常の病病連携や病診連携はもちろんですが、法人を超えて、共通の客観的なデータを定期的に共有し合うことで、地域全体としてのベッドコントロールや患者さんにとって適切な医療とケアの循環を、よりスムーズに行えるようになればよいと思っています。
──――能登地域は、これから日本全国が直面する未来の縮図と言えますね。
能登は日本の未来の縮図そのものです。これからの日本は、東京23区などの大都市圏を除き、ほぼすべての地域が急速に縮小していきます。その中で地域医療を維持するためには、データをしっかりと共有し、感覚論ではなく客観的な事実に基づいて適正化と機能分化を進めるしかありません。
私の思いとしては、能登に住んでいる人々が「この地域で十分な医療が受けられないから、離れざるを得ない」という状況だけは絶対に避けたい。客観的なデータ連携の基盤を整え、行政の理解と協力、そして他法人を巻き込んだ適正化が進めば、今後も悲観する必要のない、持続可能な地域医療の未来を創ることは十分に可能だと信じています。
お話を伺ったのは…
- 神野 正隆 氏理事長補佐・消化器内科科長・内視鏡センター長・入退院管理センター長・地域包括ケアセンター長・データセンター長・AXセンター長/医学博士・医療経営学修士(MBA)

病院紹介
社会医療法人財団董仙会 恵寿総合病院

石川県七尾市に位置する386床の急性期病院。多職種による情報共有基盤を強みに、生成AIやICTを活用した働き方改革を推進している。
- 所在地
- 〒926-8605 石川県七尾市富岡町94番地
- 設立
- 1934年9月(神野病院として創立)
- 代表者
- 院長 鎌田 徹
- 病床数
- 386床
医療現場の
業務効率化・経営改善
を支援します

